偲ぶ会

二十三年ぶりに昔の仲間に会ってきた。

20人ほど集まっていた。

組合時代の先輩書記を偲ぶ会。

懐かしい顔、顔、顔。

みんなに言われた。

「まさかここで杉山君に会えるとは!」って(笑)。

もう死んでてもおかしくない存在だったってわけよね、アハハハハ。

辞める時、マジでそんな状態だったし、再会したみんなから「体は大丈夫なの?」の言葉ばかり(笑)。

先輩書記の思い出話と共に当時の組合の大変さが思い出されて懐かしい話も。

「あん時、組合再編やって大変だったんだよなあ」という声。

「でもおかげで2000人組合員を3000人にできたんじゃん」と言うと、「そうそう、それで支部は大きくなったんだ。誰だっけ、あれを立案したのは?」と言う人が…。

俺だっちゅうの!

僕チンの功績が歴史に埋まってしもうとる(笑)。

でもすごく楽しかった。ある意味、私の力がフルに発揮された時代だったんだもんなあ。

またみんなとの再会を誓って別れました。

組合時代、大変お世話になった先輩書記が亡くなった。

組合の方針や会議の内容に不満な時の愚痴を飲み屋でよく聞いてくれた。

というか、しょっちゅうその先輩書記に文句を言っていた。

21歳も年下の30前後の若造にぼろくそにこき下ろされても、ただの一度も怒ることがなく、ある意味懐の深い人だったと思う。

先輩には飲み屋で「前衛党(共産党)の連中がノンセクトの俺に論破されるってどういうことよ!」なんてことまで言ったことがある。

こんなクソ生意気なことを平気で言っていた私も私だが、今思うと怒ることなくそれに耳を貸してくれた先輩書記の度量も相当なものだ。

本当に会議が終わると一緒によく飲みに行った。

思想性は共産党新左翼ノンセクトで水と油みたいなもんだったが、年齢差を超えて遠慮会釈なしにものを言える人だった。

その意味では、私が組合で好き勝手に動き回れたのもこの先輩のおかげかもしれない。

まあ二日酔いでしょっちゅう遅刻していた人だったが(笑)。

私が組合をやめて三度目の入院後、生活保護で一人暮らしている頃、私の状況を知って書記仲間を引き連れ遊びに来てくれたっけ。

どんなに嬉しかったことか。

78歳でした。

最後に会ったのは委員長の米寿祝の時だ。

もう少し長生きしてもらいたかった。

合掌。

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